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今日は少しスピード練習

日曜日の30km走から中2日あけて、今日は10km走りました。 だいたいは、ゆっくりキロ6分ぐらいのペース。

途中2kmだけ500m早く+500mゆっくりのインターバルを2セット。 早くの方は、500mを1分48秒〜1分50秒ぐらいのペースでした。

ずいぶん久しぶりのインターバルで、足を気にしながらですが、まずまずでした。 これをもう少し本数・距離を増やして、しかもスピードアップ出来るようにならなければいけませんが。

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30キロ走

今日はバイクに乗ろうと思っていたのですが、何となくどんよりした天気に気持ちが萎えてしまい、手っ取り早く済ませるランに変更(^^ゞ 走り始めると、3日ほど間があいたおかげでふくらはぎの張りも取れ、結構軽い。 篠山マラソンまであと6週間ですし、ちょっと距離を走っておきたいなぁと、けっきょくちょっと頑張って30キロ走りました。

30キロ走なんて、随分久しぶり、何年振りかって感じです(^_^;) 疲れも感覚的に今までの20キロ走の後ぐらいの感じですし、だいぶ足に力がついてきたようです。 このぶんなら、篠山では去年のような悔しい思い、先月の加古川のような辛い思いは、しなくて済みそうです。

ランの後、プールで軽くスイム、こちらも結構いい感覚で泳げました。

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硫黄島からの手紙

今日は土曜日ですが、仕事をしてました。 だいたい第2と第4土曜以外は仕事です(^^)

で夕方から、家族で「硫黄島からの手紙」を観に行ってきました。

硫黄島2部作の前作「父親たちの星条旗」を観ていたので、ぜひともみたいと思っており、息子も「いつ行くのん?はよ連れてってよ」とせっつくもので、今日思い立って行ってきた次第です。

映画は米軍の圧倒的な戦力の前に、5日で終わるとされた戦いを、日本軍としては異例のトンネルを掘って作った地下要塞によるゲリラ戦で、36日間にも及ぶ激しい戦いに変貌させた栗林中将を初めとする、日本軍の視点から描かれています。

当時、潔く死を選ぶことが軍人としての本懐とされていた戦場で、家族のために最後まで生きて戦い抜くことを命じた栗林中将。 そして、アメリカ人からも「バロン西」と尊敬されていたと言われる、西竹一中佐、あくまで軍人らしく玉砕しようとする将校。 戦争の残酷さ、偏った思想や教育の恐ろしさ、そしてどんな状況の中でも自分が正しいと思ったことをやれる人、そうでない人・・・ 『戦争は悲惨だ』なんて、ありきたりの言葉では、すませられない、いろんな思いが胸につかえたような感じで、見終わった後、言葉が出ませんでした。

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スイム練習

今日は、またチームメイトのibaさんとスイム練習。

ウォーミングアップにキックを300m程やった後、クロールをノーブレスで25m泳ぐ練習。 だいたいノーブレだと20秒くらいで泳げるのですが、30秒ほどレストを入れて何本か繰り返します。 早く泳ぎすぎても息が続かない、遅くてもやっぱり苦しくなる、でブレスをしないことによりバランスも取れて、最も効率の良い泳ぎを体に覚えさそうと言うねらいです。 しかし、本数が増えてくると結構キツい。

その後、例によって追いかけ合い。 400m、300m、300mと3本やりました。 今回は25mのハンデでしたが、なんとか最後まで逃げ切れました。 だいぶ力がついてきたような・・・オープンウォーターだとどうなるかですが(^_^;) しかし、この距離をほとんどダッシュで泳ぐので、ほんとにしんどいです。

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1月17日

あの震災から、早くも12年が経ちました。 当時、生後8ヶ月だった息子も小学6年生。

夕方のテレビで丁度、息子の学校が映り、同級生の女の子が出演していました。 震災の時、お母さんのお腹の中にいて、倒れてきたタンスの下敷きになるところを、たまたま開いた扉が支えになって助かったとか。

我が家でも、やはりタンスが倒れてきました。 思わず隣で寝ていた妻の上に、覆い被さり妻を庇ったのですが、瞬間、その隣で寝ていた息子のことを思い、名前を叫びました。 息子がタンスの下敷きに・・・その時の恐怖と言ったらありませんでした。 下から妻の「ここにおる」と言う返事にほんと救われました。

あの時、もし妻や子供をかばえていなければ・・・考えただけでもぞっとします。 ほんと、たまたま、助かったようなものです。

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