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運動不足

”練習不足”ではなく”運動不足”です。

このところ、まったく運動できていません・・・(^_^;)

昨日の日曜日、昼頃から妻と近くのショッピングモールへ買い物に
行った後、夕方にものすごく久しぶりに泳ぎに行ってきました。

アップ300m、キック200mの後、50m×1分サークルで
10本が回せない・・・

結局1,100m泳いだだけで、疲れて帰ってきました。

しばらくサボっている間に、すっかりなまってしまいました。
情けない話ですが、完全に運動不足ですね・・・

そうそう、スイミングプールを変わったのですが、今回の所は
泳いだ後も、鼻炎にならずに済んでいます。
塩素が少ないのかな?

ちょっと頑張って通ってみます(^_^)

 

吹屋ふるさと村散歩

しばらくブログもfacebookも投稿してなかったら、友人から
「どないしとるんや?」って、心配して頂きました(^_^)
私のような者でも、心配してくれる人がいるってのは、
ほんとありがたいですね。

と言うことで、随分間が空きましたが、矢掛の後に行った
岡山の『吹屋ふるさと村』のことを。

吹屋(ふきや)は、国の重要伝統的建造物群保存地区に
指定された、歴史的建造物が並ぶ魅力的な町です。

岡山県の中部標高550mの山間部に忽然と、ベンガラ格子の
町並みが現れます。

吹屋ふるさと村

歴史を感じさせる古い町並みは、各地にありますが、
この吹屋地区は、ベンガラの赤い町並みが特徴的です。

吹屋ふるさと村

江戸時代中期から銅の産地として、それに加え末期から
明治にかけては、国内唯一のベンガラの産地として栄えた
そうです。

で、当時の豪商達が個々の屋敷が豪華さを纏うのではなく、
旦那衆が相談の上で石州(今の島根県)から宮大工の棟梁
たちを招いて、町全体が統一されたコンセプトの下に建て
られたとのことです。

http://takahasikanko.or.jp/modules/spot/index.php?content_id=21

吹屋ふるさと村

ぶらぶら散策するのがとても楽しい町並みです。

旧片山家住宅

こちらは、重要文化財「旧片山家住宅」
片山家は、1759年の創業以来200年余りにわたって、
弁柄の製造・販売を手がけたそうです。

旧片山家住宅

中を見学

旧片山家住宅

土間には竃などが

旧片山家住宅

母屋の裏には、弁柄の製造蔵が。

旧片山家住宅

蔵の中には当時の仕事の様子や、ベンガラのサンプル
道具類が展示してあります。

旧片山家住宅

旧片山家住宅

道具類も全てベンガラ色ですね。

旧片山家住宅

その向こうには、道具蔵。

旧片山家住宅

資料館という感じで、古い書物や、玩具などが
展示されていました。

旧片山家住宅

旧片山家住宅

当時の遊びなどが偲ばれますね。

町並み保存地区から、少し歩いた場所に銅山跡があります。

吉岡(吹屋)銅山 笹畝坑道

吉岡(吹屋)銅山 笹畝坑道です。
こちらも中が見学できるようになってて、見学してきたのですが
いい写真がありませんでした・・・(^_^;)

その後、町並みから3km程離れた所にある「広兼邸」を見学。

広兼邸

ここは、銅とベンガラの原料製造などで巨大な富を築いた、
庄屋・広兼氏の邸宅です。

広兼邸

下の駐車場から見上げると、まるでお城です。

広兼邸

庭もすごく豪華

広兼邸

座敷もすごいです・・・

広兼邸

映画「八つ墓村」のロケが2度も行われたそうです。

最後にもう少し、町並みを

吹屋ふるさと村

吹屋ふるさと村

吹屋ふるさと村

車がないとなかなか行けない場所ですが、吹屋ふるさと村
とても魅力的な町でした。

 

 

宿場町 矢掛(やかげ)

今回は、昨年11月下旬岡山県西部の町、矢掛(やかげ)を歩いた
時の記事です。

矢掛町は、参勤交代の大名をはじめ、あの篤姫も訪れた旧街道、
山陽道の宿場町で、情緒ある古い町並みが残る魅力ある町です。

矢掛

こちらは、やかげ郷土美術館、この隣に無料駐車場があります。

矢掛本陣

本陣や脇本陣など、古い建物が並ぶ町並み。

矢掛の町並み

毎年11月の第2日曜には、当時の大名行列を再現した、
大名行列祭りというのが開催されるそうです。
今度は、その日に行ってみたいですね。

矢掛本陣「石井家」

矢掛本陣「石井家」に入ってみました。

石井家は、江戸時代中期以降、代々大庄屋を務めるかたわら
本陣を兼ねた旧家で、酒造業としても栄えたそうです。

矢掛本陣「石井家」

まずは、本陣側へ

矢掛本陣「石井家」

諸大名からの拝領品などが展示してあります。

矢掛本陣「石井家」

大名や公卿が休泊した、上段の間

矢掛本陣「石井家」

上段の間からは、美しい日本庭園が眺められます。

矢掛本陣石井家

こちらは「宿ふだ(関ふだ)」です。
大名や、旗本、奉行などの幕府の役人が、休泊するとき、
本陣の門と、宿場の入り口に掲げたそうです。

矢掛本陣「石井家」

こちらから奥は、石井家母屋・土間から蔵、酒造場などへ
続きます。

矢掛本陣「石井家」

母屋の座敷(何の部屋だったかは忘れました(^_^;))

矢掛本陣「石井家」

土間に並ぶ釜、何となく懐かしい・・・

矢掛本陣「石井家」

土間を抜けると、各種蔵があります。

矢掛本陣「石井家」

酒造場と蔵は、資料館のようになっていました。
いかに栄えた家だったかが、よく分かります。

矢掛本陣「石井家」

酒絞り機です。

通りへ出て、町並みをもう少し

矢掛川田商店

通りにあったお肉屋さんです。
看板が、すごく味わい深いですね。
電話七番というのが、何とも時代を感じさせます。

この他、脇本陣の高草家も入りましたが、長くなるので
割愛・・・

 

矢掛 お好み焼き屋

こちらは、お昼ご飯を食べたお好み焼き屋さんの「大国屋」

矢掛 お好み焼き屋「大国屋」

広島風お好み焼きのお店です。

矢掛 お好み焼き屋「大国屋」

久しぶりに食べた、広島風のお好み焼き、すごく美味しかったです。

 

『海の祭礼』吉村昭

久しぶりに、本のことなど・・・

少し前に、吉村昭の『海の祭礼』という本を読みました。

幕末、ペリーが来る5年前に、日本にあこがれてやって来た
アメリカ人青年、マクドナルド。
彼は、単身利尻島に上陸し、やがて松前から長崎へ移送され、
座敷牢に収容されます。

そこで、オランダ語の通訳をしていた、森山栄之助は、彼から
英語を学びます。

やがて、マクドナルドは、長崎へやって来たアメリカ船で帰国。
森山は、ペリー来航以後、日米和親条約を初め、各国との外交
交渉の場での無くてはならない存在として、活躍していきます。

しかし、幕府が倒れたあと、新政府に仕えることなく、生涯を終えた
森山の最期には、少し寂しいものがありました。

そう言えば、前に読んだ、「アメリカ彦蔵」の浜田彦蔵(ジョセフ彦)や、
ジョン万次郎こと中浜万次郎も、あまり恵まれた最期とは言え無い
晩年でした。

派手な活躍をした志士の影で、こんな風に日本のために働いたり、
歴史の波に翻弄された人がいる。
最近は、なぜかそんな人の物語に、惹かれます(笑)

さてこの本、前半のマクドナルドと森山の交流のシーンが、特に
良かったです。

英語の教材やスクールが、町にあふれ、パソコンやスマホで簡単に
翻訳出来る現在と違って、この頃に語学を身につけようとするのは、
ほんと並大抵のことではなかったでしょう。
そんなことを思うと、もっと英語の勉強しなきゃ、、、
って、思ってしまいます(^_^;)

 

 

神戸ディナークルーズ

神戸コンチェルトクルーズ船

妻の誕生日祝いにと、子供達がチケットをプレゼントしてくれたので、
神戸港発のディナークルーズに行ってきました。

神戸ディナークルーズ

誕生日は、11月でしたので、随分前にもらってたのですが、
なかなか行く機会が無く、やっと昨日行くことが出来ました。

予約したのは、5時10分発のディナークルーズ。
乗り場には、かなりたくさんの人がいました。
中国の方でしょうか、団体客もけっこういます。

神戸ディナークルーズ

料理は中華のコース料理で、海外の団体客の方とは別の部屋で
ゆっくり食べることが出来ました(^_^)

神戸ディナークルーズ

神戸港がゆっくり暮れなずむ頃に、出港。

神戸ディナークルーズ

まずは、前菜の盛り合わせです。

神戸ディナークルーズ

つづいて、鮑入りフカヒレスープ。

神戸ディナークルーズ

エビとキノコの炒め物と、クリームの衣揚げ(ころっけ?)

神戸ディナークルーズ

青ハタの広東風蒸し。

神戸ディナークルーズ

たらば蟹と春雨の土鍋煮
ちょっとピリッとして美味しかったです。

神戸ディナークルーズ

そろそろ、明石海峡大橋の手前です。
ここで転回します。

神戸ディナークルーズ

会場では、ジャズの生演奏も。

神戸ディナークルーズ

竹筒入り五目おこわ

神戸ディナークルーズ

最後にデザートの盛り合わせ。

どれも美味しくって、お腹いっぱいになりました。
それにしても、お金出し合ってこんな風にしてくれるようになったんだなぁと、
感慨深い物がありますね。

子供達に感謝です(^_^)